震災から2か月目の5月11日。

私たちは4台の電子ピアノを乗せて、
岩手県山田町へトラックを走らせました。


山田町は三陸海岸に面したホタテとカキの養殖が盛んな漁業の町です。
その町でピアノを教えている佐藤先生のもとへ向かったのです。

佐藤先生から1週間前に電話がきました。

『ホームページを見ました。こんなことは申し上げづらいのですが、使わないピアノがあれば譲って欲しいのです』
『生徒にピアノを…渡したい 津波でなくした子供達に』

聞けば津波で町は壊滅状態になり、
生徒はご家族や友だちをなくしたとのこと。

津波が家も船も、たくさん練習したピアノも持ち去ったとのこと。

悲しい毎日を送っている子供達を元気にしたい!

そして、先生は云いました。
『音楽は人を勇気付ける。
子供達がもう一度ピアノを弾こうと思ったときが
その子が悲しみからふっきれる時だと思います。
そのためにピアノが必要なのです。』

先生の言葉に私達は応えたい、と思いました。

早速お店と倉庫から選んだピアノを、ヤマハの修理技術士の高梨さんにメンテナンスしてもらいました。

準備を整え、連絡をいれました。
『明日、私達が届けにいきます。子供達へ連絡してください』

先生から返信されたメールにはこう書かれていました。
『折れていた子供たち、保護者たちの顔が、今日いただきました連絡で、綻んでおりました。』


山田町まで神奈川から10時間。
東北はまだまだ春の真っ只中でした。花巻インターを降りて桜や山吹が咲く山間部を抜けて海岸にでるとそれまでの景色が一変しました。

『何が起こっていたんだ』 その光景に自分の目を疑いました。

倒壊した建物や横転している車
いたるところにある瓦礫の山
大きく曲がりくねったガードレール

それらが津波によるものだとわかるまで、呆然と眺めていました。

山田町までの海岸線のすべての集落と港はほぼ壊滅状態にありました。
映像で何度も見ていましたが、実際にみると想像以上の被害です。

2ヶ月たっても地震直後のままの建物も多く手が付けられない様子でした。改めて復興の道のりは大変で兎に角たくさんの人たちの力が必要だと感じました。

山田町という標識を越して街中に入り先生宅を探しました。
道路や建物が無くナビや地図は役にたちません。

残された建物前 (後で知りましたが山田町の駅でした) でやっと携帯が繋がり、無事先生の教室へ到着しました。

先生宅は海抜が高く大きな被害はありませんでしたが、200m先の海側すべては壊滅状態でした。

海岸の方から黒い砂埃が向かってきて あれは何だろうと思っていたところへ 『津波だー』の声が聞こえてきて、避難したそうです。

家の前の直線道路に津波が襲ってきたのかと想像するだけぞっとしました。


山田町は湾が広がっていた為津波の速度が遅く助かった人が多かったとのことでした。

また、津波からの1週間は情報が無く、
正確な情報が乏しく街中には暴動が起きたような話が飛び交っていたそうです。

郵便局や銀行が襲われた、刃物を持った男が町を歩いている。
そんな話に女性や子供は恐ろしくて外に出れなかったそうです。


整理がつかないお宅への、ピアノ2台を先生宅に預け、海岸近くの生徒さん宅へ先生と向かいました。

交差点では故障している信号機に代わり、千葉県警のおまわりさんが交通整理をしていました。

先生は、『本当にご苦労様です』と頭を下げていました。
復興作業に従事されている人達すべてに感謝しているのが、ひしひと伝わってきました。

福島 宮城 岩手の道のりのいたるところに『支援ありがとう』という言葉が書かれていましたが、
東北すべての人が先生と同じ気持ちでいられるのが、行き先々で伝わってきました。

6メートルくらいの高さの防波堤に沿って左に折れて、緩やかな斜面を少し行ったところが生徒さん宅でした。

私達のトラックが到着すると、スグに生徒さんとご家族に囲まれました。
海岸から100mくらいの切り立った山の横です。

あすかちゃん宅も津波で一階部分が被害を受けました。
おじいさんがココまで水がきたんだと家の赤いテープを指されました。

津波が来た時、おじいさんとおばあさんがいて、二人はとっさに山に登ったそうです。
チリ沖地震など今まで経験されていたとのことでしたが、ここまで水がくることはなかったそうです。

この地区も被害は凄まじく、ほとんどの家は津波で無くなり、住人の方たちは高台の避難所にいるとのことでした。


生徒のあすかちゃん宅は、修繕や畳などの入れ替えは随分済んでいましたが、給湯機器等は修理中でした。

新しい畳の上に電子ピアノの設置が終わると、一緒に来ていた朝日新聞の記者の石井さんが、あすかちゃんにインタビューをしました。

ほどなくして、私達の『早く弾いてよー』のまなざしコールに、先生が『ちょっと弾いてみようか』とあすかちゃんに促しました。

何しろ2ヶ月ぶりの鍵盤です。
緊張していましたが奏でる音とともに穏やかになりました。

『あ、間違えた』笑顔のあすかちゃんに微笑む先生

『も~2ヶ月弾いてないとこうなっちゃの~』
先生の目は優しく潤んでいました。

ピアノを取り囲む誰もがこみ上げる感情でいっぱいでした。

あすかちゃんの笑顔のように、被災地の方々が早く笑顔が取り戻せるように
私達にできることをおこないます。

私達は引続き、地震、津波でピアノをなくした多くの子供達へ、電子ピアノを届けたいと思います。

 

追伸
5月19日に岩手県宮古市の子供達へ電子ピアノを贈りました。

 

株式会社アイデア
代表 安田 浩二

 

2011.5.11 岩手県山田町へ電子ピアノを届けに。